町屋菊一の世界 第2章

町屋菊一の独り言です。

円盤、レコード、バームクーヘン!①

こんばんは、町屋菊一です。

今回は僕の思い入れのあるアルバムについて話そうと思います。

 

真島昌利/HAPPY SONGS

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ザ・ブルーハーツザ・ハイロウズザ・クロマニヨンズのギタリストとして圧倒的なカリスマ性を放つ真島昌利の1991年発売のソロアルバム「HAPPY  SONGS」です。

これは僕が高校一年生の頃、不登校気味になり毎朝、仕事へ行く父親に早朝にクルマで送ってもらっていた頃の話。

学校は滋賀県の北の方、雪が降りとても寒い日が続く2月このアルバムを聴きながら毎朝登校していました。

朝焼けと結露を車から眺めながら メランコリックなマーシーの世界を聴くのは朝から現状に対する不安や将来の不安など様々な気持ちを掻き立たせ なんとも言えない気分になりました。

でも「とても寒い日」「砂丘」「ガソリンアレイ」などの名曲が何故かその気持ちを妙に心地よくしていました。

このアルバムが終盤に差し掛かると

もう少しで学校に着く。

「ああ僕は今日も大嫌いなクラスメイトや先生たちと会わなければならない。」

そんな気持ちを抱えながら校舎に入る。

10分間休憩は理由もないのに保健室で過ごす日々。昼休みになると先生の休憩のため保健室からは追い出されるので孤独。

既に何回もリピートして覚えきったはずのアルバムを離れの校舎のベンチに座り聴きながら必死に時間が過ぎるのを待っていました。

そこにマーシーのあのしゃがれてるけど優しい声が流れるとなんだか僕の胸にグサグサ刺さりました。

そして下校時間、バスで帰らなければならないけどクラスメイトと同じ空間に居るのは嫌なので40分くらいかけて歩いて駅まで帰るのです。

夕方、夕焼けを横目にイヤホンから聴こえてくる「ガソリンアレイ」や「とても寒い日」などは朝、10時間ほど前に聴いた曲と同じはずなのに全く違うように聴こえました。

こんな毎日を送っていたので僕はこのアルバムを聴くと今でも当時の景色や匂いが蘇ってきます。とても感慨深い僕の好きなアルバムです。

よかったら聴いてみてください。

 

 

お歳暮とかにもらうギザギザのお菓子

皆さまご機嫌よう。町屋菊一です。

 

少し時期がずれていますが「お歳暮」といえば皆さんはどんなものを想像するだろうか。

 

高級ハム、平らなカップのプリン、洗剤、入浴剤、洋菓子、などなど各家庭により様々なところであり毎年、暮れの密かな楽しみの1つにしている人も多いと思う。

かくいう僕も子供の頃は楽しみだった。

それがゼリーやハムだったならなおよし。

 

しかし、ひとつだけ存在自体を許せない 何のために存在するのか お前はなんなんだ と言いたくなる 僕が個人的に大嫌いなモノがひとつだけある。それはギザギザなクッキーみたいな味で中に少し硬めのクリームが挟んであるやつ。

 

これ↓

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これが本当に僕は嫌いだった。

そもそも洋菓子か和菓子なのかもわからない。

これを送ってくる親戚は決まってお年玉も少なかった(偏見) しかも このお菓子を大きな箱入りで送られてきたときはたまったもんじゃない。

暮れの災難だ。

ひとつ食べたら物足りないけど2つ目は胸焼けする。お茶に合うわけでもなくコーヒーにも合わない。クリームが絶妙に硬くて油っぽい。

味は正直、不味くて食べられないというわけではないのがまた難点。。

 

なんなんだお前は!!

 

このお菓子を作ってる会社の人 ごめんなさい。

でも これだけはどうしても受け付けない。

というお話でした。

お正月なんて大っ嫌い!!

皆様ごきげんよう。町屋菊一です。

今年も残り少し、ということは僕が子供の頃から大嫌いなお正月がやってくるということを意味する。憎き1月1日。

なぜ僕がお正月が嫌いか、理由は別に難しい話ではなく単刀直入に言うと「退屈」だからだ。世間は止まっている。

そして今でこそ僕も大きくなって自分で何処へでも行けるしなんでも出来る。でも辛かったのが小学生の頃、自分の力ではまだどこへも行けず しかし正月なので友達は帰省、また親は「元旦は寝正月」だとか言ってどこにも連れて行ってくれない。漫画も読まないしスマホも持っていない時代、僕にとって残された最後の娯楽はもはやテレビだけとなった。

 

しかし…………………

 

お正月特番 が 小学生の僕にとって

クッッッッソつまらないのだ。

どのチャンネルにしても芸能人が袴を着て司会をしている それだけ。今ならそこそこ楽しめるのかもしれないが当時は本当に面白く感じなかった。友達はいない、どこにも行けない、テレビはつまらない、 家の中の閉鎖的社会で毎年、生き地獄を味わっていたのだ……

さて、皆様はどのようなお正月を探すだろうか…

僕は 布団に潜って 読みかけの本でも読んでいようかな…f:id:iamrock3170:20181229180359j:image

『食事界の名コンビ いなり と 巻きずし』

どうも町屋菊一です。

いなり寿司 と 巻きずしについて今回は真剣に考えてみた。この2組といえばスーパーの寿司、出前の寿司屋なんかでも どちらかと言うとサブキャラというか お世辞にも花形とはいえないしこう言っちゃなんだがランクが低いというイメージがある。(実際、桶に入った寿司セットなんかでも これらの入っているのは一番安いことも多い) それに いなり寿司は甘くてどことなく締まりが悪く また見た目もなんだか田舎っぽくてしわくちゃで食べている間のアクセントというものがない。

一方の、のり巻きは 干瓢、三つ葉、たまご、キュウリなど入っているにもならず 味は甘ったるくこれまたのほほんという平凡な感じがするのである。

しかし この2組が合わされば話は別だ。

そう助六寿司。これは一見地味な組み合わせに感じるが いなり寿司の甘ったるい 日常感に 飽きれば 箸休めに「のり巻き」を食べる しかし「さっきお前はこいつも甘いと言ったではないか!」と思われるだろうが この場合 その甘さは少しかすみ単体ではあまり意味を成さなかった 「海苔」というアイテムが引き立ち思わぬ口直しとなるのである。また、のり巻きに入っている高野豆腐、たまご、干瓢なども味こそは甘ったるいものの いなり寿司にはない嚙みごたえというアクセントを提供する事により消費者を底なし沼から引き上げてくれるのである。

また海苔には味がついていないのでそれも良いアクセントになる。

そして、そこに熱い緑茶、付け合わせのガリなどがあればなお一層良し。

まさに いなり寿司 と のり巻き というのは

食事界のジョン&ポール、ヒロト&マーシー、キヨシロー&チャボ のように切っても切れない そんな名コンビなのかもしれない。f:id:iamrock3170:20181116175911j:image

『日本の食における炭水化物問題の謎』

こんばんは、町屋菊一です。

古来から争われ収集がつかない問題について書いてみようと思う。

関西人なら誰もが一度は聴いたことや食べたことがある(かもしれない)料理「お好み焼き定食」についてだ。この料理を注文する時 もし一緒に食事に行った相手が関西人でない場合には友情の崩壊、人間関係の崩壊を覚悟する必要があるかもしれない という恐ろしい代物だ。そう、お好み焼きという一般的には主食として食べ、一食分とする炭水化物をなんとオカズにしてしまうのである。

これが関西以外の人には野蛮だ!などと考えられており 忌み嫌われる料理なのだ。

主演級である料理をわざわざ脇役にして あえて白米を主役に抜擢するのである。たしかにこれは野蛮だ。

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しかし、、、!!

 

その陰で名誉白人扱いされヌクヌクと生きている奴がいる。そして人々はその事にはなんら疑問を持たずに生活している。これはもはや一種の洗脳かもしれない。

そう 何を隠そう「焼きそばパン」だ。

 

こちらも本来は主演級であり しかもお好み焼きよりも縁日や野外といった地方公演までも行なっている精力的な役者でありながら コッペパンに挟まれ これまた脇役になってしまうという料理だ。しかし、この料理に関しては誰もツッコマない。受け入れている。これは一体何故なのか…疑問を持たずにはいられない…とても消化不良な感じだがどれだけ考えても今の町屋には答えを導き出す事は出来なかった。。

しかしなんとしてもこの謎を解明するため

そして不毛な争いを鎮めるため

今後もこの調査を行なっていかなければならない。f:id:iamrock3170:20181111033148j:image

 

情報時代のジャック・ルソー〜わたしの周りの露出狂達〜

こんばんは町屋菊一です。

今回は現代社会の問題について綴ろうと思う。かつて1700年代の思想家 ジャン・ジャック・ルソーは大変な露出狂だったという。

それに勝るとも劣らない現代人…f:id:iamrock3170:20181130170533j:image

というのはSNS時代、ツイッターfacebookInstagram 人は自分の思想、生活、趣味などを投稿して それを他人に見られ拡散されたり いいねをもらうことに快感を得ている。

アーティストや芸能人でさえも自分の私生活を赤裸々に披露している。

映画やドラマ までも その裏側などを公開しまくっている 始末。これは時代の流れという問題だけで見過ごしてしまって良いのだろうか?

何でもかんでも曝け出さずある程度謎に包まれてはいけないのだろうか。

今年亡くなった伝説の歌手、森田童子さんは曲をヒットさせたが その素顔、私生活については謎のままであり引退も公発表などせずに消えていった。

また、昭和の名優 お正月の顔 「男はつらいよ」の寅さん役でお馴染みの渥美清さん今なお誰にでも知られている人物ながら 当時もその私生活や経歴は謎の多い人物だったそうだ。

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SNSやインターネットが発達した時代

もはやこういったベールに包まれた生活をしていく事は難しいかもしれない。

しかし、謎の多い人物は実に魅力的だ。

そのベールを破って見たくもなるし なんというかオーラを感じる。

と、自分はつくづく思う今日この頃であった。

 

そんな考えをこうやってブログにしてしまっている。

僕自身も また、情報時代のルソーかもしれない。

 

「町屋菊一 怒りのグルーヴ〜料理編〜」

皆さん、ごきげんよう町屋菊一です。

今日は僕が日常に当然のように潜んでいるけどよく考えたらおかしいかもしれない事について綴りたいと思う。今回は料理編です。

 

『親子丼』

言わずと知れた丼の代表的な料理。

こんなものに一体なんの疑問があるのか…

それは その名前である。

今更説明する必要もないが 親子丼といえば鶏肉の上に卵をとじご飯の上に乗せたどんぶりだ。

しかし、この料理を開発した人間は これを見て「親子丼」と名付けたのである。。たまごとニワトリだから「親子」まあそうなんだけど

そのセンスはまさにサイコパスではないか、、、

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『目玉焼き』

言わずと知れた朝食の定番。

しばしば「目玉焼きにはソースをかける」だの「いや、醤油だ!」などと議論がなされることでも有名。しかし問題はそんな事ではない。

これもその名前だ。シンプルでわかりやすい名前だと思うかもしれない。けど、よくよく考えてみてほしい。これこそ ただフライパンに卵を落としただけ まさにそのまま「たまご焼き」と呼ばれるべきではないだろうか。しかしこの食べ物に名付けた人は これを見て「目玉」を連想したのだ、とんだサイコパス、とんだオキュロフィリアではないだろうか…皆さんはどう思うだろうか。

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【ピーマンの肉詰め】

最後に…これは僕だけかもしれないが、、

ピーマンの肉詰め。子供の天敵だ。

こちらは名前ではなくその調理方法だ。

ピーマンの中身をくり抜きその中に肉を詰め込むという行為 これが僕には残虐極まりない行為に思えてしまう。何故だか人間で変換してしまう、、、f:id:iamrock3170:20181105214328j:image