町屋菊一の世界 第2章

町屋菊一の独り言です。

『食事界の名コンビ いなり と 巻きずし』

どうも町屋菊一です。

いなり寿司 と 巻きずしについて今回は真剣に考えてみた。この2組といえばスーパーの寿司、出前の寿司屋なんかでも どちらかと言うとサブキャラというか お世辞にも花形とはいえないしこう言っちゃなんだがランクが低いというイメージがある。(実際、桶に入った寿司セットなんかでも これらの入っているのは一番安いことも多い) それに いなり寿司は甘くてどことなく締まりが悪く また見た目もなんだか田舎っぽくてしわくちゃで食べている間のアクセントというものがない。

一方の、のり巻きは 干瓢、三つ葉、たまご、キュウリなど入っているにもならず 味は甘ったるくこれまたのほほんという平凡な感じがするのである。

しかし この2組が合わされば話は別だ。

そう助六寿司。これは一見地味な組み合わせに感じるが いなり寿司の甘ったるい 日常感に 飽きれば 箸休めに「のり巻き」を食べる しかし「さっきお前はこいつも甘いと言ったではないか!」と思われるだろうが この場合 その甘さは少しかすみ単体ではあまり意味を成さなかった 「海苔」というアイテムが引き立ち思わぬ口直しとなるのである。また、のり巻きに入っている高野豆腐、たまご、干瓢なども味こそは甘ったるいものの いなり寿司にはない嚙みごたえというアクセントを提供する事により消費者を底なし沼から引き上げてくれるのである。

また海苔には味がついていないのでそれも良いアクセントになる。

そして、そこに熱い緑茶、付け合わせのガリなどがあればなお一層良し。

まさに いなり寿司 と のり巻き というのは

食事界のジョン&ポール、ヒロト&マーシー、キヨシロー&チャボ のように切っても切れない そんな名コンビなのかもしれない。f:id:iamrock3170:20181116175911j:image

『日本の食における炭水化物問題の謎』

こんばんは、町屋菊一です。

古来から争われ収集がつかない問題について書いてみようと思う。

関西人なら誰もが一度は聴いたことや食べたことがある(かもしれない)料理「お好み焼き定食」についてだ。この料理を注文する時 もし一緒に食事に行った相手が関西人でない場合には友情の崩壊、人間関係の崩壊を覚悟する必要があるかもしれない という恐ろしい代物だ。そう、お好み焼きという一般的には主食として食べ、一食分とする炭水化物をなんとオカズにしてしまうのである。

これが関西以外の人には野蛮だ!などと考えられており 忌み嫌われる料理なのだ。

主演級である料理をわざわざ脇役にして あえて白米を主役に抜擢するのである。たしかにこれは野蛮だ。

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しかし、、、!!

 

その陰で名誉白人扱いされヌクヌクと生きている奴がいる。そして人々はその事にはなんら疑問を持たずに生活している。これはもはや一種の洗脳かもしれない。

そう 何を隠そう「焼きそばパン」だ。

 

こちらも本来は主演級であり しかもお好み焼きよりも縁日や野外といった地方公演までも行なっている精力的な役者でありながら コッペパンに挟まれ これまた脇役になってしまうという料理だ。しかし、この料理に関しては誰もツッコマない。受け入れている。これは一体何故なのか…疑問を持たずにはいられない…とても消化不良な感じだがどれだけ考えても今の町屋には答えを導き出す事は出来なかった。。

しかしなんとしてもこの謎を解明するため

そして不毛な争いを鎮めるため

今後もこの調査を行なっていかなければならない。f:id:iamrock3170:20181111033148j:image

 

情報時代のジャック・ルソー〜わたしの周りの露出狂達〜

こんばんは町屋菊一です。

今回は現代社会の問題について綴ろうと思う。かつて1700年代の思想家 ジャン・ジャック・ルソーは大変な露出狂だったという。

それに勝るとも劣らない現代人…f:id:iamrock3170:20181130170533j:image

というのはSNS時代、ツイッターfacebookInstagram 人は自分の思想、生活、趣味などを投稿して それを他人に見られ拡散されたり いいねをもらうことに快感を得ている。

アーティストや芸能人でさえも自分の私生活を赤裸々に披露している。

映画やドラマ までも その裏側などを公開しまくっている 始末。これは時代の流れという問題だけで見過ごしてしまって良いのだろうか?

何でもかんでも曝け出さずある程度謎に包まれてはいけないのだろうか。

今年亡くなった伝説の歌手、森田童子さんは曲をヒットさせたが その素顔、私生活については謎のままであり引退も公発表などせずに消えていった。

また、昭和の名優 お正月の顔 「男はつらいよ」の寅さん役でお馴染みの渥美清さん今なお誰にでも知られている人物ながら 当時もその私生活や経歴は謎の多い人物だったそうだ。

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SNSやインターネットが発達した時代

もはやこういったベールに包まれた生活をしていく事は難しいかもしれない。

しかし、謎の多い人物は実に魅力的だ。

そのベールを破って見たくもなるし なんというかオーラを感じる。

と、自分はつくづく思う今日この頃であった。

 

そんな考えをこうやってブログにしてしまっている。

僕自身も また、情報時代のルソーかもしれない。

 

「町屋菊一 怒りのグルーヴ〜料理編〜」

皆さん、ごきげんよう町屋菊一です。

今日は僕が日常に当然のように潜んでいるけどよく考えたらおかしいかもしれない事について綴りたいと思う。今回は料理編です。

 

『親子丼』

言わずと知れた丼の代表的な料理。

こんなものに一体なんの疑問があるのか…

それは その名前である。

今更説明する必要もないが 親子丼といえば鶏肉の上に卵をとじご飯の上に乗せたどんぶりだ。

しかし、この料理を開発した人間は これを見て「親子丼」と名付けたのである。。たまごとニワトリだから「親子」まあそうなんだけど

そのセンスはまさにサイコパスではないか、、、

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『目玉焼き』

言わずと知れた朝食の定番。

しばしば「目玉焼きにはソースをかける」だの「いや、醤油だ!」などと議論がなされることでも有名。しかし問題はそんな事ではない。

これもその名前だ。シンプルでわかりやすい名前だと思うかもしれない。けど、よくよく考えてみてほしい。これこそ ただフライパンに卵を落としただけ まさにそのまま「たまご焼き」と呼ばれるべきではないだろうか。しかしこの食べ物に名付けた人は これを見て「目玉」を連想したのだ、とんだサイコパス、とんだオキュロフィリアではないだろうか…皆さんはどう思うだろうか。

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【ピーマンの肉詰め】

最後に…これは僕だけかもしれないが、、

ピーマンの肉詰め。子供の天敵だ。

こちらは名前ではなくその調理方法だ。

ピーマンの中身をくり抜きその中に肉を詰め込むという行為 これが僕には残虐極まりない行為に思えてしまう。何故だか人間で変換してしまう、、、f:id:iamrock3170:20181105214328j:image

 

 

 

町屋菊一 成長記録(笑)〜誰がために歌う〜

どうも、町屋菊一です。

突然だが、僕は生まれてこのかた人のために歌を歌う ということに興味などなくバカバカしささえ感じていた。つい1週間ほど前までは。。

 

この度、京都のとある就労支援施設関係の方に自立支援を受けている人たちが曲を作るので講師として参加して一緒に作って発表してほしいというお仕事をいただいた。とても有り難いことだ。僕みたいなのが

しかし、この話を受けた時 僕は人のために曲を作るという事には全く興味がなかった。それも見ず知らずの人と一緒になんて尚更だ。

だが受けたものは責任があるので初日から参加した やはりなかなかコミュニケーションが取れず初日はついに一言も喋ってもらえないなんて事もあった。(この時点で僕は心が折れそうだった笑) そして 月に一度僕はその方達とともに曲作りに参加するようになった。とても曲作りには難航した。。それから3ヶ月ほどが立ち、ついにその方が作った歌詞に僕が曲をつけるという形で完成した。よかったと心底思った。発表までになんとかなった、、

そんな気持ちでいっぱいだった。

そして いよいよ、ホールでの発表の日

突然僕がギターを弾くことになり あたふた笑笑

だけど、僕は感動した。

今まで人前に立てず話すことすら苦手な子が大きなステージで歌ったのだ しっかりと。紛れもなく。そして殆ど会話もなかったのに最終日には僕に話しかけ色々提案までしてくれるようにもなった。そこで初めて人のために歌を作るという事に僕は何か感動を覚えた。まるで人の心を知った人造人間のような気分だった(笑)

 

実は誰かのために曲を作ったりするという事はそんなに悪いことじゃないんじゃないかと思った…

 

約3ヶ月 僕のような自分本位な自己中人間が

1人の人間の心を動かす事ができたのだ。

これは僕にとっても大きな成長のきっかけになる経験だったのかもしれない。f:id:iamrock3170:20181104012425p:image

『“食事”と“恥”食べるは恥だが役に立つ!!〜』

こんにちは、町屋菊一です。

先日、SNSで「食事は恥」という趣旨の発言をすると様々な意見をいただいた。そこで今回はその思想の自論の根幹について記載しようと思う。

何故僕は食べる事を恥だと思うのか。

食べるというのは人間誰しも生きていくため栄養摂取として必ずなくてはならない行為でありまた欲求でもある。しかし「食べる」という事の反対側には「排泄」という行為が嫌でも付いて回る。という事は 食べる=排泄行為 という事ではないか、少なくとも僕はそう連想してしまうのである。だから他人がモリモリ食べているのを見ると その先の排泄まで想像してしまう。もはや一種の変態かもしれない(笑)

そしてもう一つ 食べるというのは本来は完全なプライベートの空間で個人の時間として自宅や部屋で行う事だということ 要するに普段人には見せられないような表情やまた 仕草、大口を開けるなどという露わな姿をする。これが自分の家族ならまだしも公の場でしかも他人にそんな醜態を晒すというのだから恐ろしい。だって人前で自慰行為を好んでする人、人前で排泄する人、などはまあいないだろう。(ゼロとは言えないが笑)

 

この「食事」=「恥」という思想について僕は色々と調べた。

すると 意外なことに同じ事を思ってる人を発見した。芸能人ではビートたけし氏や 僕の好きな作家 中島らも氏までも同じ事を語っていた。

さらに調べると 人前で全裸になったり性行為をする海外の民族はいるが その人たちでも食事は人に見られたくないという人たちまでいる。

日常、思わぬところで知り合いなどと出会った時に何か食べていると少しみんな照れるようなそんな雰囲気を醸し出すのはそういう隠れた恥意識があるからではないだろうか。

余談だが僕は料理の美味しいカフェなどでライブをした時 共演するアーティストが「私(僕)も終わったらここのオムライス食べようと思います。」などと言ってるのを聞くとなんとも言えない情けないような恥ずかしいそんな気分になる。笑)f:id:iamrock3170:20181101232155j:image

以上のことから僕は食事を恥ずべき行為だと感じている。しかし食事は恥だが役にたつ、、!

「恐怖!!睡眠薬と抗鬱剤!〜躁鬱奮闘記〜」

僕は高校1年の頃から“躁鬱病”と診断され抗鬱剤を飲んでいる。もうかれこれ5、6年程の付き合いになる。最初は特に副作用として食欲不振、めまい、吐き気、便秘などの症状が続くだけで一緒に処方される胃腸薬などを飲めば事なきを得ていたのだ。そのため薬を飲み続け僕の“躁鬱病”というものは次第に軽くなり昨年には治療の甲斐あって薬を断ち自立する事すら出来た。出来た…のだがしかし今年 ふと家庭環境が変わりそれはまるで(盆と正月が爆弾抱えて一緒に来たようなそんな日常)がこの半年間に起こり 再び僕は“躁鬱病”とお付き合いを始めた。おまけに今度は頼んでもないのに“不安障害” “不潔恐怖症” “不眠症”のトッピング付きだ。そこで医者からは昨年まで愛飲していた抗鬱剤に加えて かなりキツめの睡眠薬を処方された。(これがまた多い…)そうここからが本題である。この睡眠薬抗鬱剤別々に飲めばよく聞く良いお薬なのだが、、一緒に飲んだ夜には最後 夢の“ケミカルワールド”に招かれるのである。

主な例として

・音が見える

・枕元に鬼の首を持った女の子が座っている。

・小さな大名行列

・ベッドがジェットコースターに変身

・大きな黒猫とカブトムシが喧嘩

・耳元でひたすら口論の声

・2階にいたと思ったら気がつけば1階にいて時間は1時間ほど進んでいる

 

このようなテーマパークが目の前で繰り広げられるのだ。この副作用が果たして夢なのかそれとも幻覚なのかよくわからないのだが……

こうして僕は毎日毎晩 このような非日常のような日常を過ごしているのです。

一体、こんな生活はいつになれば終わるのだろうか。

 

しかし、こんな辛いような事も文章にしてしまえば また、お笑いなのである。