町屋菊一の世界 第2章

町屋菊一の独り言です。

名盤!?紹介

町屋菊一です!
今回は是非聴いてもらいたいバンドと
そのアルバムを紹介したいと思います!
頭脳警察7」
皆さんは頭脳警察という日本のパンクバンドをご存知だろうか。今から50年近く前にPANTA(Vo.gt)、トシ(パーカッション)によって結成されたバンドだ。多分コアな音楽好きな人なら一度は見た事ある三億円事件モンタージュ写真が1stアルバムのジャケットになっているあのバンド。

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ロンドンパンクなどが流行するも前から既に日本でパンクの姿勢をやっていた人たちで当時の日本の政治背景、学生運動の背景なども見て取れる。単に聴く音楽としてだけでなく一種の歴史的資料と言っても過言ではないかもしれない…!
そんな頭脳警察は1972年発売の1stアルバムが発禁(発売禁止)になり同年発売の2ndも1ヶ月あまりで発禁また3rdアルバムも一曲目からクスリの名前が入っていたり(笑)そんな過激なアルバムを多く輩出してきた。
しかしボーカルのPANTA曰くパブリックイメージへの疲れなどから4thアルバム以降は所謂フォークソング的な曲が多いアルバムが続き1974年 6thアルバム「悪たれ小僧」を最後に10年以上の時が空いた。

そして16年ぶりの1990年 「頭脳警察7」発売。
冒頭からボーカルとパーカッションのみという前衛的な曲で歌詞も「腐った卵が今孵る…」ともう既に危険そうな匂いが漂っているがそんな疑問も2曲目の「Blood Blood Blood」で払拭される。危険そうな匂いが漂っている のではなく本当に危険だったのだ(笑)
(因みにパーカッションのトシさん曰くこの曲が全アルバムを通して一番キツイらしい笑)
そして「煽動」「わかってたまるか」などの曲に続く10年分のPANTAの溜め込んでいた怒りが一気に全部爆発したこの感じ!最高!聴いている方も無敵になった気分。しかし今までと違うのは ただ怒り散らすだけではなく理性的にそして知性を持って社会や世間に刃を向ける。このスタンスが僕の中でのパンクロックと結びついたのかもしれない。
そしてラストを飾る「万物流転」では人間の儚さとおかしさを物悲しくもどこか力強く歌っている。


そんな伝説のバンド「頭脳警察」そして「頭脳警察7」機会があれば是非とも一度は聴いてほしい。

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心のガンにかかった話

こんばんは町屋菊一です。

ずっと躊躇ってたんですが今回は僕が「うつ病」になった話をしたいと思います。

今でこそ心の病に理解のある社会になったとは言えまだまだ理解されず苦しんでる人もたくさんいる。自分含めそんな人たちが少しでも生きやすくなるようにと烏滸がましい感情が湧きブログを書くことにしました。

 

きっかけは高校1年の頃。某キリシタン学校に入学した頃から始まりました。

元来、僕はかなり潔癖や変な癖がありました。例えば靴の向き、ラベルの向きが揃ってないとめちゃくちゃモヤモヤするタイプ。

まあいわゆる神経質だったのでしょう。

そんな性格と新しい高校生活に対する過敏すぎる感情やちょっとしたことでの被害妄想などにより徐々に学校も休みがちになってきました。

その辺りの詳しい話は前回の記事を読んでください。

しばらくそんな日々が続いた中、ついにある日突然 朝起きられなくなりました。目は覚めても朝起き上がれない。

自分が何者か急にわからなくなる。

そんな症状が出て怖くて病院に行きましたがどこに行っても異常なし。

そしてついに16歳にして人生初の心療内科へ…

診断は「重度のうつ病」でした。

愕然としました。。当時うつ病なんて聞いた事ないし ああ、俺も障害者なんだな、、という変な気持ちにやられました。。(もちろんそんな事はない)

そこから学校を休学し治療の日々が続く。

最初のうちは病院以外では外にも出られず

引きこもる日々。

何度も夜中に繰り返す自殺未遂。

いざ、電車に乗ると動悸、吐き気、死ぬんじゃないかという気持ち(これは最近また再発してきたので厄介…)

そして予定があるとわかっていても行かない。いや、行けない。そんなもんだからバンドもクビ、信用もなくす。

最初は「半年くらいの我慢だ!」

なんて思っていました。

 

しかし、それから5.6年経った今現在。

結論から言うと 全く治っていない。

正直絶望した。。。。

俺はこのまま死ぬのかとまで…

 

この間にも様々なイベントが迎えてくれた

友達を無くし 恋人にも「そんな変な病気の人は無理」と言われ別れ。。なかなか理解されずに

さまざまな困難があるわけですが…

 

じゃあ、この記事

「結局、救いもなく完結してないじゃないか!」なんて思われるかもしれない。

 

ただ今回伝えたいのは僕みたいに苦しんでる人、もっと酷い人も居ると思うけど こんな死にかけでもまだまだ生きていく事は出来る。という事です。ぼくの周りにも10年以上 鬱と付き合っている人もいますが日常生活を送られてます。

「鬱は甘え」こんな言葉言う奴はぶん殴ってやれば良いんです。

そして よく本などで目にする「鬱は心の風邪」こんなのは間違っていると思う。「鬱は心のガン」だと思います。簡単には治らないし 最悪の場合 自殺などで死に至る事だってあります。

現に、夜中に僕は謎の全身の痛みに苦しみながら夜も眠れません。医者で見ても治しようがない。薬もない。と言われるばかり でも意識をしない事で少しずつですが改善してます。

 

正直、僕は医者でもないので根拠のある事は言えないけれど 「頑張らない」これはかなり大事だと思います。どうせ、さっさと生きたって死んだら同じ」そう考えたら僕の場合は楽になりました。そして 一番大事なのは「うつ病 と付き合っていこう」という気持ちだと思います。無責任な発言ですが 鬱を利用して生きていけば良いと思ってます。もっと自分を甘やかして皆さん生きてみてください。そうすると見えてくるもの 楽になる事あると思います。

 

最後に僕のオススメの本を載せておきます。

よかったらぜひ書店などで購入してみてください。f:id:iamrock3170:20190502204131j:image

 

それでは。閲覧ありがとうございました。

ごきげんよう

円盤、レコード、バームクーヘン!①

こんばんは、町屋菊一です。

今回は僕の思い入れのあるアルバムについて話そうと思います。

 

真島昌利/HAPPY SONGS

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ザ・ブルーハーツザ・ハイロウズザ・クロマニヨンズのギタリストとして圧倒的なカリスマ性を放つ真島昌利の1991年発売のソロアルバム「HAPPY  SONGS」です。

これは僕が高校一年生の頃、不登校気味になり毎朝、仕事へ行く父親に早朝にクルマで送ってもらっていた頃の話。

学校は滋賀県の北の方、雪が降りとても寒い日が続く2月このアルバムを聴きながら毎朝登校していました。

朝焼けと結露を車から眺めながら メランコリックなマーシーの世界を聴くのは朝から現状に対する不安や将来の不安など様々な気持ちを掻き立たせ なんとも言えない気分になりました。

でも「とても寒い日」「砂丘」「ガソリンアレイ」などの名曲が何故かその気持ちを妙に心地よくしていました。

このアルバムが終盤に差し掛かると

もう少しで学校に着く。

「ああ僕は今日も大嫌いなクラスメイトや先生たちと会わなければならない。」

そんな気持ちを抱えながら校舎に入る。

10分間休憩は理由もないのに保健室で過ごす日々。昼休みになると先生の休憩のため保健室からは追い出されるので孤独。

既に何回もリピートして覚えきったはずのアルバムを離れの校舎のベンチに座り聴きながら必死に時間が過ぎるのを待っていました。

そこにマーシーのあのしゃがれてるけど優しい声が流れるとなんだか僕の胸にグサグサ刺さりました。

そして下校時間、バスで帰らなければならないけどクラスメイトと同じ空間に居るのは嫌なので40分くらいかけて歩いて駅まで帰るのです。

夕方、夕焼けを横目にイヤホンから聴こえてくる「ガソリンアレイ」や「とても寒い日」などは朝、10時間ほど前に聴いた曲と同じはずなのに全く違うように聴こえました。

こんな毎日を送っていたので僕はこのアルバムを聴くと今でも当時の景色や匂いが蘇ってきます。とても感慨深い僕の好きなアルバムです。

よかったら聴いてみてください。

 

 

お歳暮とかにもらうギザギザのお菓子

皆さまご機嫌よう。町屋菊一です。

 

少し時期がずれていますが「お歳暮」といえば皆さんはどんなものを想像するだろうか。

 

高級ハム、平らなカップのプリン、洗剤、入浴剤、洋菓子、などなど各家庭により様々なところであり毎年、暮れの密かな楽しみの1つにしている人も多いと思う。

かくいう僕も子供の頃は楽しみだった。

それがゼリーやハムだったならなおよし。

 

しかし、ひとつだけ存在自体を許せない 何のために存在するのか お前はなんなんだ と言いたくなる 僕が個人的に大嫌いなモノがひとつだけある。それはギザギザなクッキーみたいな味で中に少し硬めのクリームが挟んであるやつ。

 

これ↓

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これが本当に僕は嫌いだった。

そもそも洋菓子か和菓子なのかもわからない。

これを送ってくる親戚は決まってお年玉も少なかった(偏見) しかも このお菓子を大きな箱入りで送られてきたときはたまったもんじゃない。

暮れの災難だ。

ひとつ食べたら物足りないけど2つ目は胸焼けする。お茶に合うわけでもなくコーヒーにも合わない。クリームが絶妙に硬くて油っぽい。

味は正直、不味くて食べられないというわけではないのがまた難点。。

 

なんなんだお前は!!

 

このお菓子を作ってる会社の人 ごめんなさい。

でも これだけはどうしても受け付けない。

というお話でした。

お正月なんて大っ嫌い!!

皆様ごきげんよう。町屋菊一です。

今年も残り少し、ということは僕が子供の頃から大嫌いなお正月がやってくるということを意味する。憎き1月1日。

なぜ僕がお正月が嫌いか、理由は別に難しい話ではなく単刀直入に言うと「退屈」だからだ。世間は止まっている。

そして今でこそ僕も大きくなって自分で何処へでも行けるしなんでも出来る。でも辛かったのが小学生の頃、自分の力ではまだどこへも行けず しかし正月なので友達は帰省、また親は「元旦は寝正月」だとか言ってどこにも連れて行ってくれない。漫画も読まないしスマホも持っていない時代、僕にとって残された最後の娯楽はもはやテレビだけとなった。

 

しかし…………………

 

お正月特番 が 小学生の僕にとって

クッッッッソつまらないのだ。

どのチャンネルにしても芸能人が袴を着て司会をしている それだけ。今ならそこそこ楽しめるのかもしれないが当時は本当に面白く感じなかった。友達はいない、どこにも行けない、テレビはつまらない、 家の中の閉鎖的社会で毎年、生き地獄を味わっていたのだ……

さて、皆様はどのようなお正月を探すだろうか…

僕は 布団に潜って 読みかけの本でも読んでいようかな…f:id:iamrock3170:20181229180359j:image

『食事界の名コンビ いなり と 巻きずし』

どうも町屋菊一です。

いなり寿司 と 巻きずしについて今回は真剣に考えてみた。この2組といえばスーパーの寿司、出前の寿司屋なんかでも どちらかと言うとサブキャラというか お世辞にも花形とはいえないしこう言っちゃなんだがランクが低いというイメージがある。(実際、桶に入った寿司セットなんかでも これらの入っているのは一番安いことも多い) それに いなり寿司は甘くてどことなく締まりが悪く また見た目もなんだか田舎っぽくてしわくちゃで食べている間のアクセントというものがない。

一方の、のり巻きは 干瓢、三つ葉、たまご、キュウリなど入っているにもならず 味は甘ったるくこれまたのほほんという平凡な感じがするのである。

しかし この2組が合わされば話は別だ。

そう助六寿司。これは一見地味な組み合わせに感じるが いなり寿司の甘ったるい 日常感に 飽きれば 箸休めに「のり巻き」を食べる しかし「さっきお前はこいつも甘いと言ったではないか!」と思われるだろうが この場合 その甘さは少しかすみ単体ではあまり意味を成さなかった 「海苔」というアイテムが引き立ち思わぬ口直しとなるのである。また、のり巻きに入っている高野豆腐、たまご、干瓢なども味こそは甘ったるいものの いなり寿司にはない嚙みごたえというアクセントを提供する事により消費者を底なし沼から引き上げてくれるのである。

また海苔には味がついていないのでそれも良いアクセントになる。

そして、そこに熱い緑茶、付け合わせのガリなどがあればなお一層良し。

まさに いなり寿司 と のり巻き というのは

食事界のジョン&ポール、ヒロト&マーシー、キヨシロー&チャボ のように切っても切れない そんな名コンビなのかもしれない。f:id:iamrock3170:20181116175911j:image

『日本の食における炭水化物問題の謎』

こんばんは、町屋菊一です。

古来から争われ収集がつかない問題について書いてみようと思う。

関西人なら誰もが一度は聴いたことや食べたことがある(かもしれない)料理「お好み焼き定食」についてだ。この料理を注文する時 もし一緒に食事に行った相手が関西人でない場合には友情の崩壊、人間関係の崩壊を覚悟する必要があるかもしれない という恐ろしい代物だ。そう、お好み焼きという一般的には主食として食べ、一食分とする炭水化物をなんとオカズにしてしまうのである。

これが関西以外の人には野蛮だ!などと考えられており 忌み嫌われる料理なのだ。

主演級である料理をわざわざ脇役にして あえて白米を主役に抜擢するのである。たしかにこれは野蛮だ。

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しかし、、、!!

 

その陰で名誉白人扱いされヌクヌクと生きている奴がいる。そして人々はその事にはなんら疑問を持たずに生活している。これはもはや一種の洗脳かもしれない。

そう 何を隠そう「焼きそばパン」だ。

 

こちらも本来は主演級であり しかもお好み焼きよりも縁日や野外といった地方公演までも行なっている精力的な役者でありながら コッペパンに挟まれ これまた脇役になってしまうという料理だ。しかし、この料理に関しては誰もツッコマない。受け入れている。これは一体何故なのか…疑問を持たずにはいられない…とても消化不良な感じだがどれだけ考えても今の町屋には答えを導き出す事は出来なかった。。

しかしなんとしてもこの謎を解明するため

そして不毛な争いを鎮めるため

今後もこの調査を行なっていかなければならない。f:id:iamrock3170:20181111033148j:image